「消費増税キャンペーン」 各紙社説の
 「嘘」 「変節」 「詭弁」

 「社会の木鐸」 の音色がおかしい。 権力に擦り寄り、国民に負担を強いる政策の片棒を嬉々として担ぎ、自らの 「利益」 だけは死守しようとする様は、もはや 「権力の監視」 を担う役割を放棄したと見るしかない。 大新聞の国民裏切り行為を徹底検証する ――

 参院選で 「消費税10%」 を掲げた菅民主党が大敗すると、大新聞は慌てて 「それでも増税は必要だ」 キャンペーンを展開している。 興味深いのは、その記事がコピー&ペーストしたかのように同じ論調なことだ。
 朝日は《 民意は、菅首相率いる民主党政権に退場を促すレッドカードを突きつけたのだろうか。 ( 中略 )そうではないと私たちは考える 》としたうえで、《 消費税から逃げるな 》( 7月12日付 )と結論づけた。
 《 参院選の敗因は、首相が消費税率引き上げに言及したことではない 》( 読売7月13日付 )
 《 消費税論議についても私たちはこれで立ち消えになっていいとは思わない 》( 毎日7月12日付 )
 日経も《 国民生活を安定させるには( 中略 )消費税などの増税が欠かせない 》( 7月13日付 )とし、産経はついに 「新聞」 を主語にして、《 各紙は概ね、菅首相があえて増税を打ち出したこと自体は評価する 》( 6月28日付 )と書いた。
 やたらと 「私たち」 「各紙は」 というキモチ悪い書き方をしているのは産経ばかりではない。 自由な言論機関のはずの新聞が 「みんな同じ」 であることを誇る感覚は到底理解できない。
 いつから大新聞は 「増税宣伝機関」 になったのか。 かつて橋本内閣が消費税を3%から5%に引き上げた際、各紙は厳しく批判したはずだ。
 朝日は《 消費税の引き上げは( 中略 )景気への悪影響を避ける工夫を併せて示したうえで、国民の理解を求めるのが順序 》( 96年5月12日付 )と待ったをかけた。
 毎日も勇ましかった。 当時の自民党政権が《 予算の食い荒らし 》をしていると批判したうえで、そのしわ寄せが《 消費税の引き上げであり、医療・年金などの負担増であり、( 中略 )つまり国民の苦しみのみ、なのだ 》( 96年11月30日付 )と書いた。
 当時から消費税増税論を展開していた読売でさえ、消費税増税の翌年、《 働けば働くほど所得税に苦しめられ、買い物をするたびに消費税に苦しめられているのに、景気は一向によくならない 》( 98年11月28日付 )と庶民の苦しみを書いた。
 「われら」 「各紙」 は、消費税増税がどんな結末を招ぐのか、よく知っているのである。 “彼ら”は、 「当時と今では財政状況が違う」 というかもしれない。 しかも、税法学の専門家、湖東京至・前関東学院大学教授はこう語る。
 「消費税増税は景気悪化を招き、国民の生活を苦しくさせる上に、税収増にも財政再建にもつながりません。 それは橋本政権当時も今も変わらない。 国の財政が厳しいから増税はやむを得ない、というマスコミの論理は詭弁です」
 そのなかにあって増税反対の論陣を張ったのは、なんと米紙ウォールーストリートージャーナル( 日本版 )だった。 7月6日付社説で、《 ( 消費税増税の )議論を今、強いるのはおかしい。 デフレにあえぐ日本経済は消費拡大を必要としている 》と指摘したうえで、肥大化した政府の無駄を削り、規制緩和を進める必要を説いている。
 日本の大メディアにはそんな当たり前の論調がまるでなく、各紙横並びの増税礼賛記事が紙面を覆っているのは、背後で霞が関の振り付けがあるからだ。

「不確実な試算」 で記者を“洗脳”

 ある大新聞のベテラン経済部記者は、参院選さなかに財務省の中堅官僚から1通のメモを見せられた。 表題はなく、箇条書きで、
        日本の財政の現状
        ギリシャの財政破綻
        各国との債務残高比較
        欧州諸国の間接税( 消費税 )の税率比較
        消費税率( 3%、5%、7%引き上げ )ごとの財政寄与度
        国内経済( GDP )への影響
 ―― などの項目があり、表などの資料も付いていた。 そして財務官僚はこう付け加えたという。
 「いま財政再建に手をつけないと、日本経済は一層の混乱に陥ります」
 経済部記者は、消費税を引き上げた場合、景気に悪影響を与えて税収は増えないのではないかという経済学の常識的疑問をぶつけた。
 「確かにデフレの状況で税率を上げても効果は薄い。 しかし、日本経済はリーマンショックから回復して出口政策を取る時期に来ている。 近々、日銀も今年度の成長率見通しを上方修正するはずです。 実質成長率は2%台に乗るでしょう。 成長の中の税率引き上げであれば、マイナスは吸収できる。 だから今しかない」
 財務官僚は明快に言い切った。 「必要な資料は後ほどメールします」 といい、要点解説をつけた関連資料が送られてきた。
 財務官僚が 「消費税を増税しても景気への影響はない」 とした根拠は、昨年6月23日に内閣府がまとめた試算だった。
 『中長期の道ゆきを考えるための機械的試算』 と題するレポートで、2011年から消費税をそれぞれ3%、5%、7%引き上げた場合の日本経済と財政への影響をシミュレートしたものだ。 試算の結果は、消費税率を5%引き上げた場合、経済が順調回復、急回復の両シナリオともに、日本の成長率は消費税を上げない時とほとんど変わらない、つまり増税による景気への悪影響はないことになっている。
 折しも、財務官僚が経済部記者に予告したように、日銀は7月15日、10年度の実質経済成長率見通しを従来の1.8%から2.6%に上方修正した。 これは内閣府の試算では 「経済急回復シナリオ」 で想定されている数値( 2.4% )を上回るものだ。 財務省、日銀が一体となって 「経済急回復」 を演出し、消費税増税の世論づくりに懸命になっていることが窺える。
 しかし、専門家の間からは、試算そのものに疑問の声が上がっている。 元経済企画庁審議官でマクロ経済分析の権威、宍戸駿太郎・筑波大学名誉教授が語る。 宍戸氏は消費税率を5%引き上げれば5年目にGDPが約45兆円減少するという試算をまとめている。
 「国内の代表的なシンクタンクの多くは私と同じく増税が経済成長にマイナスという試算を発表している。 内閣府の試算だけが違う結果なのは、恣意的な経済モデルを使っているからといわれても仕方がない。 政府やメディアがそうした試算で増税の影響はないと判断するのは危険です」
 ちなみに、内開府のレポートにも、 「ここで示す展望は、種々の不確実性を伴うため相当な幅を持って理解される必要がある」 と但し書きがあるが、新聞は一切報じていない。

官僚が 「講師」 を務める勉強会も

 メディア対策は現場の記者だけにとどまらない。
 財務省は1ヶ月に1度程度の割合で事務次官と各社の論説委員・解説委員との 「論説懇」 、さらに局長・審議官クラスと経済部キャップとの懇談会などを定期的に行なっている。 また、有力な経済評論家は、やはり局長や審議官が分担して個別に会合を持ち、 「ご説明」 を行なう慣習を続けてきた。
 会合は庁内以外にレストランなどでも行なうが、その費用は多くの場合、財務省持ちである。 時には、政治家がスポンサーとなって高級レストランで記者と勉強会を開き、財務官僚が講師役に呼ばれて財政問題をレクチャーするといったケースも珍しくない。 官僚と大マスコミが “財務省機密費( 税金 )” で飲み食いしながら増税の談合をするなど、ブラックジョークにもならない。
 「重要なのは消費税増税をいかに社の方針として掲げてもらうかだ。 5大紙はじめメディアの経営トップとは事務次官や主計局長が会合をもって、必要性を説いてきた」 ( 財務省主計局官僚 )
 読売新聞が先陣を切って今年5月に 「消費税10%」 の緊急提言を打ち出すと、自民党がそれに続き、その後、菅首相が、“自民党も読売もいっているから怖くない”と 「10%」 公約を掲げた。 その背景には、こうした周到な根回しがあった わけである。
 新聞に登場するコメンテーターも、財務省御用達の学者ばかりだ。
 その代表格が石弘光・放送大学学長だ。 小泉政権時代に政府税制調査会会長を務めた増税論者で、財務省の信頼がとくに厚いとされる。 石氏は参院選前には、《 最も罪が重いのは無駄を排除すれば必要な財源を確保できるとし、消費税率引き上げなど正当な政策と真正面から向き合おうとせずに、逃げ回ってきたことだ。 いわば奇策に終始し、政策の王道を歩いていない 》( フジサンケイビジネスアイ6月16日付 )と、これまでの民主党政権を批判。 増税が 「正当な政策」 で、無駄の排除は 「奇策」 だという、まさに霞が関に都合のいい論理を展開してきた。
 同氏は参院選後には読売新聞の 「どうなる菅経済政策」 という記事( 7月19日付 )で、 「消費税率の引き上げについて、広く問題提起をしたという意味では成功だった」 とコメントしている。
 大手紙の経済部の幹部は、 「記者の間にも消費税増税キャンペーンに疑念を抱いている者は多い。 が、増税に慎重な学者を登場させようとしても、社の上層部の判断で、財務省に近い学者の評論を載せるように指示が出る」 と打ち明ける。
 大新聞の増税キャンペーンは紙面づくりからコメンテーターの人選まで、財務省にコントロールされているのである。





「鳩山政権バッシング」 報道の真の標的は 「放送法改正案」 だった
国民資産2兆4000億円の
  電波帯を 「不法占拠」 する
    「メディア財閥」 を解体せよ!

 「癒着構造を断ち切れ」 「既得権益を許すな」 とは、メディアが官民の間に横たわる腐敗を追及する際の常套句だ。 しかし、 「公共の電波」 をタダ同然で占有し、莫大な利益を上げ続けてきたテレビ局、そして彼らの大株主として電波利権の維持を図つてきた大新聞で構成される 「メディア財閥」 こそ、国民の知る権利と情報・通信インフラの有効利用を阻害する巨大な既得権益集団である。
 『新・電波利権』 ( アゴラブックス )の著者で経済学者の池田信夫氏がメディアの二枚舌を暴く。
     
 2011年7月24日の 「地デジ」 完全移行まで、いよいよ1年を切った。
 一連の地デジ化政策が推し進められてきた理由は、 「有限な資源である電波を有効利用するため」 である。 「電波」 は電波法で 「300万メガヘルツ以下の周波数の電磁波」 と定義される。 周波数の違いに応じて中波、短波、VHF( 超短波 )、UHF( 極超短波 )などに分類され、テレビやラジオなどに使われてきた。
 日本では、電波は政府によって割り当てられ、無料で免許が与えられる。 まず政府が特定の周波数帯をどのような用途に使うかという 「分配」 を決め、その中で利用可能な帯域・出力・用途を勘案して免許の 「割当」 を行なう。
 中でも、アンテナー本で半径数キロにも届き、受信機も小さくて済むUHF帯は、もっとも使いやすいことから 「プラチナーバンド」 と呼ばれ、その大部分はこれまでテレビ局の独占状態にあった。
 しかし、いまや国民が1人1台を持つまでに普及した携帯電話も、使用する周波数はテレビと同じUHF帯。 有限である電波は飽和状態になりつつあるのだ。
 アナログよりも多くの情報を圧縮して送信できる地デジヘの移行は、電波の再編のために必要な措置である。 空いた周波数を携帯電話事業など、他の用途にも活用するというわけだ。
 しかし現実には、当のテレビ局によって、電波の有効利用という目的が骨抜きにされている。
 例えば、UHF帯の770~806メガヘルツの帯域には、放送局基地に向けビームのように直線的に飛ばすFPU( フィールド・ピック・アップ )というテレビ中継のための業務用周波数帯が、地デジ移行後も居座る予定だ。 FPUは遮蔽物があると使えない不便なもので、現在でば通信衛星や光ファイバーで代替され、ほとんど使われていない。 実際の利用実績は、月に数十時間程度だ。
 しかし、このFPUが使用する36メガヘルツ分は、テレビ局以外にとっては大変に貴重なものだ。 例えば、携帯電話会社のソフトバンクモバイルは、同じ帯域で2200万人以上のユーザーにサービスを提供している。
 また、地デジに割り当てられている40チャンネル分の周波数のほとんどが利用されずに放置されていることも問題だ。 これはホワイトスペース( 空き地 )と呼ばれるが、この空き地の広さは日本の大手携帯電話業者3社の使用枠を合計した広さに匹敵する。
 これら余分な電波をテレビ局側が明け渡せば、まさに有効利用となるのだが、彼らは決してそうしない。 テレビ局にとって重要なのは、新規参入を妨害するため、電波の帯域をふさぐこと だからである。
 民放が儲かるのは、番組が優れているからではない。 無料でテレビが見られるチャンネルが他にないからだ。 そのことを誰よりもよく知るテレビ局は、必要のない電波帯域で、もっと面白いサービスを提供する業者が現われると困るので、使わ なくてもそこに居座り続けようとする。
 そもそも、デジタル放送を流すのに、100億円以内の設備投資で済む通信衛星を使わず、わざわざ1兆円以上をかけて地上波アンテナを設置させるのにも隠された意図があるこれは、キー局を中心に全国にまたがる既存の民放放送ネットワークを丸ごと温存するために他ならない。
 仮に全国放送が衛星放送で行なわれるようになれば、中継局としての意義を失う地方の民放各局は無用の長物と化す地デジ移行には 「民放ローカル局の救済」 という裏の目的が存在するのである

系列の新聞社も口をつぐむ

 免許は無料だが、テレビ局は、電波の利用料を国に払っている。 ただし 07年のテレビ局の電波利用料は総計でわずか34億4700万円。 営業収益の総計は約3兆1150億円だから、利益の1000分の1しか負担していない。 また、この額は日本の電波使用料の7%にすぎない90%以上は携帯電話ユーザーが負担している  日本と違って欧米では、政府による電波の 「配給制」 が廃止され電波の開放が進んでいる。 周波数オークションなどによって、市場メカニズムを導入する工夫がなされている。 周波数オークションとは、政府の持っている電波を競売にかけ、最高価格を提示した事業者に売却するものだ。
 2000年に行なわれたヨーロッパの周波数オークションでは、新しく付与される電波の全欧での免許に1000億ユーロ( 約11兆円 )もの値が付き、08年のアメリカのオークションでは56メガヘルツの帯域が196億ドル( 約1.7兆円 )で落札された。
 GDP比を勘案して試算すると、日本で地デジに割り当てられたUHF帯の240メガヘルツ分( 40チャンネル )は、総額2兆4000億円の価値があると考えられる。
 これだけの収入が国庫に入るかもしれないというのに、電波利権に巣食う総務省の電波官僚は、 「電波の開放」 や 「周波数オークション」 に踏み込もうとしない。 そこには、電波利権を支えるテレビ・大新聞の 「メディア財閥」 と、政・官の癒 着構造が見えてくる。
 テレビ局側は放送免許に関わる役人や政治家に擦り寄り、電波を既得権益にしてきた。 資本で繋がった系列の新聞社もこの利権をめぐる談合に加担しているため、これら 「電波利権」 の問題は一切報道されることはない。
゛一方の官僚側も、メディアを支配するための武器として、電波を利用している。 免許の配給をチラつかせることで民放各局の生殺与奪の権を握る総務省は、地デジ化の過程でも、何かにつけ民放側に有利な取り計らいをして恩を売り、メディアを飼い馴らしているわけだ。
 かつて新聞社・テレビ局の政治部には、記事も書かないのに総務省記者クラブに詰め、官僚から電波政策に関する情報を取ったり、政治家とねんごろになる 「波取り記者」 と呼ばれる政治部所属の記者までいた。
 そんなテレビ・新聞に 「第一権力」 である霞が関の監視など望むべくもないのは自明のこと。 大メディアの本当の姿とは、行政が主導する日本最後の 「護送船団」 なのである

民主党はメディア財閥に屈した

 その電波利権にメスを入れようとしたのが、昨年9月に政権交代を果たした民主党だった。
 先の通常国会では、放送法改正案を提出したが、鳩山政権の退陣の影響を受け、廃案に終わった。 この改正案には、①『 マスメディア集中排除原則』 の法制化、②『 インフラとコンテンツの水平分離』 という2つの柱があった。
 ①は、特定企業による放送局の株式保有制限である。 新聞社の放送局に対する出資などを制限して、 「読売新聞と日本テレビ」 「朝日新聞とテレビ朝日」 といった系列関係を解体し、系列内における言論統制をなくそうというものだ。
 ②は、放送施設( インフラ )と番組制作( コンテンツ )をテレビ局という1つの組織で独占する 「縦割り」 システムを分離し、競争原理を働かせるのが狙い。 ヤフーや楽天など放送インフラを持たないサービス業者にも、番組制作に新規参入で きる道を開こうとしたものだ。
 どちらも電波利権にメスを入れる可能性を秘めた改正案だったが、大メディアは 「反対」 の大合唱。 ただし、“われわれの既得権益を侵すので反対”という本音はロにせず、 「当局による放送への不当な介入」 や 「表現の自由の侵害」 などといった理屈で廃案に向けての論陣を張った。
 私が聞いたところでは、メディアヘの影響力を保持したい電波官僚までもが、 「先生、メディアを敵にまわすのはいかがなものか」 「この問題の解決には時間が足りません」 などと、民主党議員に対して説得をしていたという。
 結果的に鳩山前首相の退陣というアクシデントで、改正案は廃案となり、後継となった菅首相は、マニフェストから周波数オークションの検討などを削除してしまった民主党は、官僚とメディア財閥に屈した わけだ。
 が、私にいわせれば、民主党の改正案もまだまだ手ぬるかった。
 例えば、新聞社から放送局への出資を制限しても、人的な関係で密接に結びついているため、いまのテレビ・新聞の系列関係は容易に解消しない。 テレビ朝日のニュース番組のコメンテーターに 「朝日新聞編集委員」 を名乗る人物が堂々と出てくる限り、いくら言論の多様性を謳っても出資制限だけの集中排除原則など画に描いた餅だ。
 本当の意味で電波利権を解体し、言論の多様性を確保するなら、使用もしていないのに不当に占拠されている電波帯域を開放し、ネットや通信、電機メーカー等も含めた新しいプレーヤーの参入を促すという、国や業態の壁を超えた業界再編が必要なのである。
 自分たちに不都合なことに関してはロをつぐむばかりの日本の大メディアが、報道機関として信用されるわけがない。 日本の 「メディア財閥」 に未来がないことは国民がすでに知っている。





新聞記者ほど
素敵な商売はない!?

役人を叱責、タクシー乗り放題、盆暮れには付け届けの山!
…… これだからやめられない!


 サラリーマンといえども新聞記者という職務は特異だ。 夜討ち朝駆けを重ね、ライバル社との報道合戦に明け暮れる。 「第4の権力」 として、国政や行政を監視する役目も負う。 共同通信出身のジャーナリスト・青木理氏が“ブン屋稼業”の内情を綴った。

 私が大手通信社に職を得てメディアの世界に飛び込んだのは90年のことだ。 初任地は大阪社会部。 担当をしたのは大阪府下の市役所に置かれた記者クラブだった。
 メディアを取り巻く環境は今より遥かに牧歌的で、新聞界も随分と景気の良い時代だったが、その記者クラブでの日々は新人記者の私にとってあまりに強烈だった。 関西という独特の土地柄もあったのだろうが、記者クラブの世界とはかくも醜悪なのか、と痛感させられたからである。
 あらかじめ断っておくが、最近の記者クラブは表面上、これほど醜くはない。 しかし、クラブ記者たちが当局にベッタリ寄り添う報道を繰り広げる悪弊があらたまる気配はない。 むしろ、病理は深刻化しているのではないか、とすら思う。
 仮にX市とするが、初めて担当した市役所の記者クラブには計4社の全国紙と、私が所属した通信社の記者が常駐していた。 私は新人だったが、全国紙はX市周辺の地方版を作成している関係で、各社ともベテラン記者を配置していた。 中で もS紙の記者はX市を担当して20年を超えるという、いわば記者クラブの“ヌシ”というべき存在だった。
 X市のクラブには麻雀台が常備され、複数の記者は無類の麻雀好きだった。 クラブに“初出勤”した時、S紙記者からの最初の言葉が 「おい新人、麻雀はやれるか?」 だった。 「ええ、一応」 。 そう答えると、S紙記者は満面の笑みを浮かべた。
 地方版を埋めるのが主目的のクラブは常に弛緩したムードだったが、特にS紙記者の日常は信じ難いものだった。 昼間はソファーに寝そべってテレビを眺め、夕刻になると缶ビールをあおりながら原稿用紙に向かう。 クラブの冷蔵庫に缶ビールを常備しておくのは市役所広報係だ。 ビールは間もなく焼酎に変わり、まだ陽の残るクラブにS紙記者の声が響く。 「おい、やるぞっ」
 それを機に、記者と広報係員が麻雀台を囲む。 古株の市議や市幹部も常連メンバーだった。 青臭い新人記者の私は、日中から酒臭いクラブに辟易としながらも、麻雀には時折つきあった。
 当時はまだ日本社会がバブルの余韻に浸っていたから、新人記者の自宅にも地元企業などから中元や歳暮が山のように届いた。 各紙はタクシーやハイヤーを使い放題で、某社の記者など 「ウチは名刺に金額を書くだけでタクシーに乗れる」 と豪語していた。 新人の私もすべての取材にタクシーで赴き、月に数十万円ものタクシー代を使っていた。
 だが、S紙の記者は取材に出ない。 にもかかわらず、毎日1頁の朝刊地方版を一人で埋める。 大抵は催し物などの埋め草記事だが、取材などしなくとも記事が書ける立派なシステムができあがっていたのだ。
 X市の広報係は毎日、何本もの街ネタをクラブに提供する。 5W1Hの要素がすべて盛り込まれた、記事スタイルの 「広報資料」 だ。 併用写真も広報係員が撮影したものが供される。 それも、各紙に同じ写真が掲載されぬよう、カットを上手に変えた写真が何枚も机の上に並べられる。
 広報係員は立派な一眼レフカメラを使いこなし、下手な写真部員より気の利いた写真を撮った。 極端に言えば、広報提供の街ネタを原稿用紙に書き写し、それに広報提供の写真を選びとって本社に送れば一丁上がり、という仕組みだ。
 ある時、広報提供の街ネタ本数が少ない日が続いた。 S紙記者は怒りをあらわにし、鬼の形相で広報係長をクラブに呼びつけた。
 「おいっ、最近サボっとるな! 広報記事がこんなに少なくちゃ、地方版が埋まらんやんけっ!」
 滅茶苦茶な話である。 これがまかり通るなら新聞記者ほど素敵な商売はない。 私と年代の近い広報の若手係員と酒を酌み交わした際、しみじみとこう嘆いていたのが忘れられない。
 「職員はみんな言ってます。 土木関係の部署と広報は行きたくないって ……」
 土木関係と広報が忌避されるのは、いずれも“ヤクザ者”を相手にしなければならないからである。

真面目に取材すれば“特オチ”

 ある日の夕刻。 S紙とY紙の記者、そして広報係長と私が麻雀をしていた時、警察と消防から相次いで緊急連絡が入った。 市内の民家で火災が発生し、焼死者が出た、という情報だった。 全国ニュースが中心の通信社には大したネタではないが、大阪本社発行の社会面なら段が立つ。 私も現場に走ろうと思ったが、他紙の記者は麻雀の手を止めない。 それを見た広報係長が若手係員に何やら指示を出した。
 それから1時間も経っていなかったと思う。 クラブには罹災した家の住民票の写しが配られ、続いて焼死者の顔写真まで届けられた。 「写真は地元町内会に手配したんですわ」 。 係長はそう言って胸を張った。 個人情報保護法のある今なら、言語道断の所業だろう。
 だが、これだけ揃っていれば、あとは警察と消防に電話取材すれば原稿が書ける。 ようやく麻雀の手を止めたS紙記者が今度は私に怒鳴った。 「おい新人、すぐ取材せんかっ!」 。 そんなことを言われなくても、こっちも原稿を書かなくてはならない。 電話取材する私の傍で概要を確認した各社の記者は、あっという間に記事を書き上げ、再び麻雀卓を囲んだ。 こんなことは、日常茶飯事だった。
 これも、ある日の出来事だ。 クラブにいた私の背後で、A紙とS紙の記者がこんなやり取りを始めた。
 「S紙サン、なんかY紙の動きがおかしくないか?クラブにも来ないし ……」
 「ちょっと調べてみよか」
 ソファーにふんぞり返ってテレビを眺めていたS紙の記者は、やおら起き上がって何本かの電話をかけ、すぐにこう言い出した。
 「分かったで。 どうやらY紙、あの件を取材してるみたいやな」
 Y紙が密かに取材していたのはX市の外郭団体をめぐる不祥事だった。 S紙の記者は既に掴んでいながら書かなかったネタなのだろう。 何しろX市に20年もいる“ヌシ”なのだ。 S紙記者は広報係の部屋に突進し、もの凄い剣幕で怒鳴り声を 発した。
 「おいっ、××の幹部をクラブに呼べっ」
 1時間もしないうち、クラブには当の外郭団体幹部が顔を揃え、臨時の“記者会見”が始まった。 私を含む各社の記者は、これを受けて記事を書き、翌朝の各紙には関連記事が大きく掲載された。 ところが肝心のY紙には記事がなかった。 一紙だけが記事を落とす 「特オチ」 は、新聞記者が忌み嫌う最悪の事態だ。
 Y紙の記者は、昼過ぎになって悄然とした表情でクラブに姿を見せた。 「どうして書かなかったんですか?」 と尋ねると、 「最後の一歩が詰め切れず、一日だけ記事を見送った」 といって肩を落とした。 真面目に取材すれば特オチの憂き目に遭い、横並びでクラブにいる記者は救われる。 これが現実だった。

「栄転祝い」 の祝儀袋

 広報係長から分厚い封筒を手渡されたのは、大阪から関東の支局への転勤を間近に控えた日のことだ。 市役所の公用封筒を開けると、 「栄転祝い」 と記された幾つもの祝儀袋が入っていた。
 市長。 助役。 総務部長。 広報係長。 幾人かの市議、公共機関の地元支店長 ……。 合計すれば10万円を軽く超えていたはずだ。
   「こんなもの、絶対に受け取れません!」
 気色ばむ私に、係長は哀願するような表情で言った。
 「頼むわ。 ワシの顔を立てて受け取ってや。 受け取らん前例ができると、困ったことになるんや」
 係長曰く、若手だからこの程度の額だが、ベテランなら 「桁が違う」 という。 だが、そんなカネを受け取るわけには断じていかない。
 「受け取ってくれ」 「駄目です」 。 そんなやり取りを延々と続け、最終的には2,3の祝儀袋に限って受け取るという“妥協案”でケリがついた。 私としては、公私ともに付き合いのあった広報係長らからの祝儀は、個人として転勤を祝ってくれたものとして受け取る。 一方の係長は 「とりあえず受け取ってもらった」 という形式は整えられる。
 私はそのカネを持ち、世話になったX市の若手職員を連れ出し、居酒屋やスナックをハシゴして一晩ですべて使いきった。 事情を知らぬ職員は 「ご馳走になっちゃって」 と恐縮していたが、私にとってあれほど苦い酒はなかった。
 これらは私の世代の記者ではかなり特殊な経験だと思う。 もともと“ヤクザな業界”だった新聞界には恐らく、全国で大同小異の悪習が蔓延っていた。 そんな悪習が関西の記者クラブには長く残っていたのだろう。
 だが、90年代に入った頃から、新聞界でも取材先とのさまざまな悪弊を見直すべきだという声が高まった。 特に95年頃に 「官官接待」 が社会問題化したのと前後し、支局の若手記者から 「官報接待」 も根絶すべきだという動きが起こり、各地の行政や警察幹部との 「懇親会」 が会費制に見直されるなどの改善が進んだ。
 言うまでもなく、これは至極当然の流れである。 私自身も90年代前半、所属社の組合報に 「取材先からの不当な便宜供与を拒否しよう」 と書いたことがある。
 とはいえ、当局にベッタリと寄り添う記者クラブの馴れ合い体質にさしたる変化はない。 むしろ、当局と記者たちの付き合いが酷く薄っぺらになっていっただけのようにも思う。 例えば90年頃の大阪では、サツ回りの記者が所轄署のデカ部屋に入り、刑事たちと酒を酌み交わすのが日常風景だった。 現在のサツ回り記者がデカ部屋に入るなど夢物語だ。 行政や警察当局は管理化を一層強め、記者たちは随分と行儀が良くなった。
 当局監視をメディアの本務とするなら、記者たちが“ヤクザ者”として扱われていた時代の方が、少なくとも当局からは恐れられていたようにすら思えてくる。
 最近急速に深刻化する新聞離れは、メディアを取り巻く環境の変化が最も大きく作用しているだろう。 しかし、本来監視対象とすべき当局に寄り添い、既得権益の死守に汲々とし、読者が真に求めている情報を届けられていないところにも巨大な要因が潜んでいるのではないか。 記者たちは改めて、自らの足下を見つめ直す必要がある。




[]


  






( 2010.11.30 )

  

 鳩山政権の普天間、菅政権の尖閣と、民主党の“お粗末”外交にはもう何をか言わんやだが、その 「民主党政権を生み出し、増長させている」 元凶として、上智大学の渡部昇一名誉教授がマスコミの責任を厳しく追及している。 アメリカと自民党には手厳しいのに中国と民主党には手ぬるいマスコミの“悪い癖”が、いよいよ国を亡ぼそうとしている ―― というのだ。

 渡部氏がまずやり玉に挙げるのは、11月6日付の朝日新聞社説。 尖閣事件のビデオ映像の全面公開を求める国民世論に 「短絡的な判断は慎まなければならない」 と“待った”をかけた 同社説に対し、渡部氏は 「国民の 『知る権利』 に誠実に応えようとしない、報道機関としての自殺行為」 と強調した。 また、2年前に米軍情報の漏洩ろうえいが問題となった際、朝日新聞をはじめとするマスコミが 「知る権利の侵害だ」 と一斉に自民党政権を批判したことと明らかに矛盾 するとして、 「日本のマスコミは一部を除いて、もはや民主主義国家における報道機関とは言い難い。( 中略 )中国共産党の不利益となる情報は、国民が知りたいものであっても封印してしまう のだから」 と断罪している。

 いびつな“自主規制”は、新聞だけではない。 渡部氏は、昭和12年に中国人部隊が日本人居留民らを虐殺した 通州事件 を掲載しない近現代史年表など、さまざまな 「中国の実態隠し」 を列挙。 「危険なのは、( こうしたマスコミの姿勢に )中共がつけ込み、日本属国化の既成事実を積み上げていること。 本当の敵は、朝日的なマスコミだ」 と訴えている。







http://pds.exblog.jp/pds/1/200902/05/79/e0130579_21552165.jpg


『朝鮮高校の青春 ボクたちが暴力的だったわけ』 金漢一 著 光文社 2005年4月刊




 2~3人で仙台市内に繰り出し、2年生はお目付役として1年生にアイツをやれとか目配せしたり ……
 日曜日に1年生が寮内にいたら先輩になぜ街に出て日本人を狩らないのか聞かれる。
 端から見てても気の毒なほど日本人をボコボコにしてるヤツもいるし、まわしケリ一発で決めるヤツもいる。
 相手が前かがみに倒れると、殺してしまったかと、さすがにビビるそうだ。

 先輩から命令されてやっていることが多いので、2~3人とカツアゲしても 、目標額に達しないと焦ってくる。
 なかには給料袋のまま、数十万円もカツアゲしてくる勇者もいる。
 「おまえそれはひどいんじゃないか?」
 「チョッパリにはなにしてもかまわねえ」
 警察に捕まった朝高生も、呼び出された先生も、我々朝鮮人を強制連行した日本政府が悪いんだと、話を政治問題に振り向けると、バカな仙台の警察官達は、黙りこくってしまい、お目こぼしされる。

何がって? 在日朝鮮人の凶暴さ!
何がって? 犯罪自慢のDQNぶり!
何がって? こんな屑が朝日新聞社に勤めてる異常性!
何がって? こんな事やってれば未来永劫自分達を苦しめるだけとわからない頭の弱さ!
もとから大嫌いだった在日朝鮮人をさらに嫌いにしてくれる優れた コリエイト本 です。