深夜、日本の町を車で走っていると、不思議な感慨に捉えられることがある。 それは、酒、ビール、ジュース、タバコなどの自動販売機や公衆電話が人気のない道に、こうこうと照明されておいてあることである。
 ボスフォロス海峡以東のアジア諸国のうちどれだけの国で、このような機械が、盗まれも壊されもせず、機能を保っているか、と思うと、今さらながら、日本の国の平和と豊かさを思うのである。 恐らく非常に多くのアジアの国々で、このような機械は一夜にして持ち去られてしまうであろう。 金、品物、機械、この3つが一時に手に入るというものを、なんで盗らずにおくものだろうか。
 国の名前は言うまい。 かつて、或る東南アジアの国の一地方で、日本の建設会社が、道路を作っている現場に、2度ばかり行った。 そこでは、あらゆる物が盗まれた。 ブルドーザーやトラックのワイパー、バッグーミラー、シートのビニール。 その重機をおいてある重機置場を囲んで張ってある有刺鉄線。 工事用ダイナマイト。 散水車をまるごと。 現場では見張りをつけた。 30キロメートルの長さの現場のために60人をやとった。 すると、見張りが後からスパナで撲殺された。
 先日、タイの警察官がピストルの密輸に一枚かんでいるかもしれないことに 「驚いた」 と書いてある新聞の記事を読んだ。 警察や軍隊が、さまざまなものの 「密輸」 をしているかも知れない、とその国の国民が思うのは、東南アジアの自由諸国の中では、それほど驚くべき稀有な現象ではない。 日本の警察はそれらのことをとっくにご承知だということを私は知っている。 この文面の“驚き”は、この日本の一流新聞の記者がアジアについてまったくの無知であることをあらわしている



 「規則のあるところ、すなわち、もうけの道あり」 とは、某国の警察官が言ったという言葉である。 規則があると、必らずそれに合わないものや人がでる。 それらから金をとって見逃すのも警察官の生き方なのである。 規則通りに申し込めば、規則通り許可証などの書類ができ上る筈だと考えるのは、日本人の甘い考えである。 書類はいつか、でき上るだろうが、期日は示していない。 5年先か10年先かわからぬ。 そこでワイロを出せば、書類はただちにでき上るし、出さねば、いつまで経っても整わない、ということになる。 「規則のあるところ、すなわち、もうけの道あり」 である。
 ワイロという言葉も、又、日本人はひどく狭量に道徳的に考える。 ワイロすなわち、ダラクと考える。 しかしワイ口と盗みに相当する行為が必らずしも不道徳ではない国も多い。 日本人が 「ワイロ」 と呼ぶものは、宿屋の女中さんの心付のようなもので、官僚機構に組みこまれた流通組織だという人もいる。 「盗み」 の概念も少し違う。 或る人が、自分で市場へ行けば、100円で買えるものを、Xという男に頼むと、Xがそれを買って来て110円を要求したといっても、それは掛け値でも、盗みでも、ごまかしでもなく、当然のコミッション( 手数料 )なのである。 盗みは、仏教思想にもとづくものだという説もある。 持てるものは持たざるものに恵むという徳を積める。 その善行をさせてやるのが、持てるものから、黙って少し頂戴することだという考え方である。



 日本人にとって国境とは常に明確なものなのである。 又、世界地図にも国境は一本の明瞭な線として描かれている。 しかしそこに何百年と、電気もなしに暮している人々にとって国境などという概念は、あずかり知らぬことなのだ。 或る男が、裏庭を少しずつ開こんしていってバナナの木を10本植えた。 その5本分がA国領で、5本分がB国領だなどということは、当人からすれば、全くわけのわからないことである。
 ベトナムにはベトナム人が、タイにはタイ人が住んでいるというのは日本人の考え方である。 どこの国にも、違った種族の人々がべっとりとにじんだように住み拡って、経済的権力をはり合っている。 或る男にとって問題なのは、パスポートの上で何国人か、ということではなく、むしろ種族の違いだったりするのである。
 日本人は、国家や社会はすべて組織で動いていると思っている。 日教組も、動労も、組織である。 コンピューターがお前は、新幹線何時発X号車の1のAに座れ、とはじき出せば、それは絶対まちがいないものだと思っていられる幸福な素直な国民である。 しかし、アジア諸国において組織は、ほとんど隅々までゆき渡ってはいない。 飛行機の座席も宿屋の予約も、OKと言われたからと言って決して当てにはならない。 そこには、きわめて、優しい、人間的なさまざまのもつれによって、一つの冷厳なる事実が末端に現れ、それは、契約とも、規則とも、信義とも、或る意味で無関係なのである。



 おもしろいのは、日本人の 「民主主義」 というものに対する思い込み方、惚れ方である。 民主主義がいいものであると日本人は思い込んでいるが、必らずしもそれが、道徳的にも正しい感情であるかどうかはわからない。 ちょうど、日本では人口を抑制しようという考えが、世界に適用する知的で普遍的な思想だと思い込まれていたのに、世界人口会議では、それが通らなかったのと同じである。
 少くとも、アジアの多くの国では、日本のような自由を持てば、それだけで危険な結果が現実に起るいと考えられている。 周囲を海にかこまれていて、元の軍隊さえ攻めこむのが不成功に終ったのだから、軍隊なしで、今後も平和を保とう、などと考えられる国は、よほどの吹けばとぶような南海の島の小国でもなければ、現実にないであろう。 アジアの殆んどの国が国防なくして、国境を守ることは実際問題として不可能なのである。
 言論の自由も又、同じである。 アジアの殆んどの国は、日本ほどの言論の自由を持だない。 それは自由主義国においても、社会主義国においても、理由と形こそ違え、同じである。
 「アジアは一つ」 という岡倉天心の言葉は、日本人のアジア観のなかに安易な感傷を産みつけた。 アジアは決して一つではない。 他の国がどうであろうと、日本は日本人の美学にもとづいて生きることに私は大賛成だが、人は本質的に平等にはなりにくいし、価値判断も同一ではない。 アジアはまさに泥沼であって、どのような信じられないほどの奇怪な現象があらわれようと、驚くことは少しもないのである。





( 2015.04.27


 安倍晋三首相の26日からの訪米に合わせて、米メディアの一部が、安倍首相の歴史認識を批判し、反省を求める報道をしている。 在米韓国大使館によるロビー活動も報じられるなか、米紙ニューヨーク・タイムズや、英紙フィナンシャル・タイムズの東京支局長を歴任した、英国人ジャーナリスト、ヘンリー・S・ストークス氏が緊急寄稿した。

 私がかつて所属したニューヨーク・タイムズは20日付社説で、安倍首相の訪米が成功するかどうかは、 「戦時の歴史に安倍氏が誠実に向き合うかどうかにかかっている」 と指摘した。 米紙ワシントン・ポスト( 電子版 )も23日、米滞在中の元慰安婦のインタビュー記事を掲載し、 「慰安婦、日本の謝罪を要求」 との見出しを掲げた。

 不見識かつ、不勉強のそしりを免れないのではないか。

 日本の戦時賠償は、米国は1951年のサンフランシスコ平和条約で、韓国は65年の日韓請求権・経済協力協定で、中国は72年の日中共同声明で 「解決済み」 だ。 日本は過去を反省して謝罪し、戦後70年、平和国家として歩んできた。 いまさら何の謝罪が必要なのか。

 自著 『連合国戦勝史観の虚妄』 ( 祥伝社新書 )などに記したが、南京事件は中国国民党政府が作り上げたプロパガンダであり、慰安婦は朝日新聞の大誤報で明らかなように日本軍が強制連行をした事実はない。 日本人はそんな野蛮な民族ではない。

 米国は45年8月、広島と長崎に原爆を投下した。 同年末までに計約21万4000人が死亡したとされる。 同年3月の東京大空襲では、わずか数時間で約10万人が犠牲となった。 「非戦闘員の殺傷」 は国際法違反だが、日本人は米国に謝罪を要求していない。 「恨みは恨みを招く」 として、黙って耐えているのだ。

 ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストが、日本の歴史問題を持ち出すならば、自国の戦争犯罪についても、オバマ大統領に謝罪を要求するのか。 ネーティブ・アメリカンや黒人に対しては、どうなのか。 日本だけに謝罪を要求し続けるのは、公平ではない。

 安倍首相は、アジア・アフリカ会議( バンドン会議 )で、先の大戦への深い反省を表明したうえで 「平和と繁栄を目指す諸国の先頭に立ちたい」 と演説した。 欧米列強の植民地支配からの独立を宣言したバンドン会議の60周年に、実にふさわしいものだった。

 29日の米連邦議会の上下両院合同会議では、日本の首相として初めて演説を行う。 ぜひ、未来志向の発言に期待したい。





( 2015.06.29 )


 〈 半世紀にわたり日本に滞在、日本外国特派員協会で最古参だ。 著書 「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄」 ( 祥伝社 )は、 「在日外国人記者がはじめて書いた正しい近・現代日本史」 ( 評論家の宮崎正弘さん )などと話題を集め、出版依頼が相次いでいる 〉

 多くの読者の皆さまに感謝します。 「東京裁判は勝者の復讐ふくしゅう劇にすぎない」 「いわゆる 『南京大虐殺』 はなかった」 と世界の既成概念に欧米人で初めて挑戦したことに興味を持っていただいた。 ただ私は歴史に対して公平でありたかったのです。

 〈 初めて日本に来たときは、戦勝国史観に立ち、 「日本は悪かった」 「東京裁判は正しく、南京大虐殺はあった」 と信じていた 〉

 滞日が長くなるにつれて、霧が晴れるように米国が押しつけた歴史観が誤りであることを悟り、歴史的真実がどこにあるか認識できるようになりました。 皆さんも反日国家のプロパガンダに惑わされず、歴史の真実を知って、日本が誇りある国になってほしい。

 〈 東京発の欧米特派員の報道には偏向した内容が少なくない。 彼らの一部は日本を 「肯定」 する最長老に 「修正主義者」 のレッテルを貼った 〉

 滞日経験が浅い彼らのほとんどが勉強不足です。 昨年5月に私の本について 「南京虐殺否定 無断加筆 ベストセラー翻訳者」 との捏造ねつぞう記事を書いた共同通信の若い米国人記者も、創作小説にすぎないアイリス・チャンの 「ザ・レイプ・オブ・南京」 を史実のごとくに信じていました。 米東部の名門大学を卒業したエリートですらこのレベルです。

 私こそ 「リベラル」。 人種的偏見や差別に反対で、草の根の声を大切にしています。 真実を壊す嘘を受け入れられません。 しかし、日本でリベラルといえば、中国や旧ソ連を支持する左翼です。 これはおかしい。

 〈 「日本は侵略した」 と欧米や中国、韓国、日本の学者まで主張する 〉

 それは 「連合国側の史観」。 敵側の戦時プロパガンダです。 確かに日本が欧米諸国のアジア植民地に軍事進攻したことは事実です。 しかし、それ以前に侵略して植民地にしたのは欧米諸国です。 日本は欧米の植民地を占領し、日本の将兵が宣教師のような使命感に駆られて、アジア諸民族を独立へ導いた。 アジア諸国は日本によって白人支配から独立した。 西洋人は世界史を見直すべきです。 日本はアジアを独立に導いた 「希望の光」。 「侵略」 したのではなく 「解放」 し、独立に導いたのです。

 アジア、アフリカ、北米、南米、豪州を侵略した西洋は謝罪していません。 なぜ日本だけが謝罪しなければいけないのか。 白人が有色人種を侵略するのは 「文明化」 で、有色人種が白人を侵略するのが 「犯罪」 とはナンセンスです。

 〈 欧米人にも同じ主張をする同志が出てきた 〉

 米国人ジャーナリストのマイケル・ヨン氏は私の著書を読んで確信を持ったようです。 弁護士のケント・ギルバート氏も賛同してくれました。 特派員の後輩たちも続いてくれることを期待します。

         ◇
【プロフィル】 ヘンリー・S・ストークス
 1938年、英国サマセット、グラストンベリー生まれ。 61年、オックスフォード大学修士課程修了後、62年にフィナンシャル・タイムズ入社、64年、初代東京支局長。 67年、タイムズ東京支局長、78年、ニューヨーク・タイムズ東京支局長を歴任。 三島由紀夫と最も親しかった外国人記者として知られる。 著書に 「三島由紀夫 死と真実」 「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄」、編著 「光州暴動」、共著 「なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか」 「目覚めよ!日本」 「連合国戦勝史観の徹底批判!」 など。