東大教授 佐伯彰一 ( 昭和50年6月18日掲載 )



【視点】 1975(昭和50)年、中国を訪問した佐伯氏は日本の特派員とも会い、北京から25キロ以内に行動が制限され、打電内容が中国側に傍受されるなど、自由取材が困難な実情を縷々聞かされた。 だが、佐伯氏は 「相手方の公式発表をただうのみにして打電するというだけなら、どこに特派員の意味があろう」 と指摘し、 「タテマエの壁を見破り、ホンネを探り出そうという意志」  「相手側の内側にくいこもうという努力」 を北京特派員に求めた。  北京に支局を置くことを許された日本の新聞が、毛沢東思想を学びながら肉体労働に励む共産党幹部や人民公社で働くに生産大隊をたたえる記事ばかり書いていたころの話だ。


タテマエ報道が多すぎる

 人間はどうやら見ると同時に見られる存在でもある。 とりわけ、新聞の特派員といった、もっぱら見ることを商売としている人種を改めてしげしげと眺めてみることは、案外な興味と教訓に富んでいる。
 つい先ごろ新中国に出かけた折、日本の特派員諸氏と話し合う機会が多かった。 おもにこちらが感想を求められる側だが、何しろ中国観察の先達だからいろいろ教示もうけ、一週間ほどの国内旅行には同行ということになって、こちらとしては新中国見物と合せて、日本人特派員の行状、生態をも同時に眺め、観察するという思いがけぬ二重の楽しみが得られたのである。
 日本の特派員の中国報道には、かねがね相当の不満と疑問をおぼえていたので、よい機会とばかりに、率直にたずねもし、さし出口の忠告までさせてもらった。 中国については、タテマエ報道ばかりが多すぎる公式の声明や行事についての二ユースばかりで、内側に立ちいった分析、批判がまるで欠けているではないか
 外側からうかがいしられぬ、ナマな事実そのものを何故もっと書いてくれないのか。 たとえば、上海郊外の人民公社はぼくらも見せてもらって、面白かったが、外来者用のショーウインドーという印象を禁じ得なかった。 もっと奥地の人民公社に、一月なり二月なり入ってみて、その日常の暮らし、生活の雰囲気、党中央の指導と自治との関係、方針決定の手続きなどの内部事情を詳しく描き出すリポートを試みてはどうか。

自由取材の制限あるが…

 こうした内側からの生きた事実報道ならば、日本の読者が面白がるばかりか、外国の通信社、出版社もよろこんで買いにくるだろう。 かりに、あなた方が勤め先の新聞社をクビになっても、十分食っていけるだけの印税が入るに違いない。 いや、世界的なベストセラーとなって、一躍大もうけ出来そうだなどと、冗談口も叩いてみた。
 これは、傍観者のいい気な放言と受け取られたかも知れない。 中国を現地についてみれば、もろもろの制約があって、自由取材などきわめて困難な実情はこちらにもよくのみこめた。 新聞記者、外交官ですら、北京から25キロ以内というきびしい行動制限があり、その範囲の外にふみ出すには、一々旅行許可証が必要である。 ある時、物はためしと許可なしで25キロを出てみようとしたら、とたんにどこからともなく巡査が現われてきて、押しとどめ、許可証の提示を求めたという、作り話くさいゴシップまで耳にした。 その上、本国へ打電する内容も一切相手側に傍受され筒ぬけで、その取材、報道のむずかしさ加減は、素人にもよく判る。
 しかし、相手方の公式発表をただうのみにして打電するというだけなら、どこに特派員の意味があろう? 存在価値があろう? タテマエの壁を見破り、つらぬいて、ホンネを探り出そうという意志と努力をぬきにしては、そもそも新聞報道というものが成りたたぬではないかぼくはそう考えて、いろいろ突っこんでみたが、はかばかしい返答は得られなかった。

宣伝戦略の片棒かつぎか

 いや、そればかりか、その意志も努力も、きわめて稀薄という印象を深めざるを得ないのだ。 というのは、帰国以後、北京発の報道記事は、ひときわ念入りに読むようになったのだが、生きた事実の報告とよべるようなものには絶えてお目にかかれない。 たとえば、現下の日中間の大きな懸案であり話題となっている 「覇権問題」 についても、北京の特派員からおくられてくるのは、ほとんど日本人来訪者とのインタビューばかり、彼らを通じての中国側の意向の 「感触」 といった報道ばかりである。
 そんなことなら、数日待って東京でじっくり問いただせばいいことだし、悪く勘ぐれば、公式ルート以外に、中国側の見解を日本に向って広く説ききかせようという宣伝戦略の片棒かつぎという気がする何とか代議士、何某会長によれば、中国側のご意向は、こうらしいなどという話は、国際的ジャーナリズムの常識からみれば、ニュースの名に値しない その証拠に、この種の話題が外国通信社によって取り上げられることなど絶えてないではないか。

外国に出ている価値なし

 日本の特派員の顔も関心も、肝心の対象たる中国よりは、もっぱら日本の方に向いている。 相手側の内側に食いこもうという努力よりは、一ばん安易なやり方で、本国に打電すれば取り上げてもらえそうな日本人の談話記事ばかりを取材している。 いや、ぼくの直接経験によれば、彼らのうちには、日本向けのニュースをでっち上げることさえやってのけるご仁さえあるのだ。
 もう二月以上前に起きた、いわゆる衛藤発言、本欄の筆者でもある衛藤瀋吉氏の故蒋総統についての私的な感想を、あたかも公式発言であるがごとくに日本に打電し、ことさらに問題をもり上げようとまでしたいきさつは、改めてふれるに当るまい。 その場に居合せたぼくらが、北京では気もつかず、帰国して日本の新聞で大きな記事をみて、びっくりするという始末であった。
 もっぱら日本向けのでっち上げ、スタンドプレイであり、その証拠にこの 「事件」 、国際的反響などただの一つも生じなかった。 せっかく外国に出ていながら、その眼はひたすら日本の方にばかり向けられている。 たまたま 「文芸春秋」 に徳岡孝夫氏の 「サイゴン特派員は何を報道したか」 という内幕話がのっており、白身特派員であった徳岡氏が、忌憚のない日本人特派員批判を行っているのが面白い。
 外国人相手のインタビューの席では沈黙を守り、妙に 「記者クラブ」 的な仲間組織ばかり作りたがり、現地の事実をヌキにして、日本の読者に気に入りそうな批判記事ばかり書きたがる生態をはっきり描き出しており、問題は中国特派員のみに限らないことがよく判った。 わが国では特派員をも、しかと眺め、見ぬく複眼が入用なのだ。